小泉・父・純一郎は、2003年に原発の安全装置の削除を次々と決めておいて、今は脱原発だって

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-1787.htm から抜粋
なぜ、小泉・父・純一郎は、2003年に原発の安全装置の削除を次々と決めたのか


その秘密の一つは、元民主党議員の原口一博が指摘した「安全装置」の撤去

もう一つは、元共産党議員の吉井英勝氏が国会で追及した香川県多度津に310億円かけて作った大型振動台の撤去問題です。

この二つの安全対策を取り外すことなく、当初のとおり実施していれば、少なくとも福島第一原発人災事故は、ここまでの過酷事故に至らなかったことは確実です。

原口一博氏が引用している、福島第一原発3号機の冷却システムを設計した元国立佐賀大学学長の上原春男氏の証言は、こちらの記事で扱っています。

また、原口氏の指摘する「安全装置の一部の撤去」 については、原子力安全委員会の速記録に明記されています。(下の公式文書の抜粋部分)
 


福島第一原発では、3つの安全装置のうち、1号機は「非常用復水器」のみが取り付けられており、他の2つの安全装置は設置されていませんでした。

2~6号機については、当初は3つとも装備されていましたが、勝俣恒久が東電社長に就任して間もない2003年に、小泉内閣の決定によって「蒸気凝縮系機能」が、わざわざ10億円をかけて外されたのです。

それだけでなく、浜岡1号、東海第二、女川発電所でも、同様に残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能が取り外されているのです。わざわざ取り外す必要などまったくないのに、10億円以上もかけて撤去している不可解。

もう一つは、香川県多度津に310億円かけて造った大型振動台「多度津工学試験所」の撤去問題です。これは、今でも大いなる謎を含んでいる問題です。

多度津工学試験所は、当時で310億円の巨費をかけて1982年に完成した世界最大の大型振動台で、日本の原子炉で実際に使われている原子炉圧力容器などの原発用機器を発振台の上に載せて、地震と同じ震動を人工的に起こして耐震性テストする研究施設。




 
(財)原子力発電技術機構 多度津工学試験所。
今は存在しない。

耐震性試験は、実際に原子炉で使用されている原発用機器を大型震動台の上に載せて行なうことを前提としていましたが、ビルの高さほどある原子炉格納容器や、冷却システムなどは実機を模擬したものを造って行っていました。(写真下)




その他の原子炉関係の試験内容は、多度津工学試験所の歴史と役割(pdfファイル)をご覧ください。

実機と同じものを、わざわざ造って試験していたのですから、これほど確かなこともないはずなのですが、これも、小泉純一郎が 「必要ない」 と言い出して、結局解体させられ、同試験所の建物・敷地ごと、たった2億7700万円で今治造船に引き渡されたのです。

京都大学で原子力工学を学んだ吉井英勝氏は、以前から、圧力容器中の炉心隔壁が中性子を浴びて脆化することを懸念しており多度津工学試験所解体の話が取り沙汰されるようになってから国会内でこの問題について取り上げ、質問状を提出

当時の総理大臣であった小泉純一郎は、吉井英勝氏の質問に対して、「非常事態においても、原子炉を冷却できる対策が講じられている」との官僚の作文で返したのです。

しかし、3.11の東日本大震災の地震によって、それが結果として嘘であったことが証明されたわけです。「非常事態においては、原子炉を冷却できる対策が講じられていなかった」 が事実なのです。

これを多度津工学試験所解体を強行した政治家、電力会社、官僚は、「想定外」 の一言で片付けてしまったのです。

この事実を後になって知った多くの国民は、「多度津工学試験所で耐震性の実験をしていれば、震度6強の地震に日本の原子炉が耐えられないことを知らせることができたはずだ」 と主張します。

果たして、そうでしょうか?

耐震性試験を繰り返していけば、日本のどの原発も震度6強の地震で破壊されてしまう、という現実を突きつけられ、それを国民に隠しておくことは不可能だろうという心配から、多度津工学試験所の解体を決定したというのが真相ではないかと誰でも考えるでしょう。

小泉内閣によって多度津工学試験所の解体が決定されたのは2003年10月。

同じく、福島第一原発、浜岡1号、東海第二、女川発電所における残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能を削除する工事を行なわれていたのが2003年

このように2003年に矢継ぎ早に決められた日本の原子炉の安全対策の削除。
原子力ムラの人々は、きっと小躍りして喜んだことでしょう。

実機による試験をする研究施設がなくなった以上、耐震信頼性のコンピュータ・シミュレーションを行う際に使用するプログラムのパラメータをいじくれば、どんな原子炉でも「安全性は確保されている」という答えを出してくれるのですから。




  この小泉氏の似非・脱原発だけは悪質だ。冗談ではすまない。

安全装置を外して=福島原発事故を過酷になるように仕組んでおいて、脱原発? 反原発? 片腹痛いとは、こういうジンの事だ。誠意の一欠けらでもあるなら、先ず、過去の行動の弁明なり 言い分けなり 懺悔なりを してからだろう。

しかし、乗る有権者も有権者だ。

原発の存廃を決めるのは、原発マネーを吸い盗っている地元の議員達だ
原発所在地の地元民が選んだ村議や町議や市議達が投票するという茶番。
勿論、彼奴等は、原発マネーを吸い盗れる方=原発存続・稼動を選ぶ。

だから、日本では 原発は未来永劫止められない

もし、原発を本気で止めたい人が一人でも居るなら、無関係の都市でのデモや集会の代わりに、原発の地元へ転入して欲しい。ちゃんと住民票も移しての引越しだ。そして、次の選挙で、原発停止・廃炉を言う村会議員なり町会議員なり市会議員を当選させて、原発を止めてほしい。

国会議員にも、内閣総理大臣にも、天皇にも、原発を止める権限が無い
だから、原発所在地へ引越して、そこで自分達の望みを代行する議員を当選させてください。そうすれば、原発は停止するし、廃炉にもなる。それ以外に方法は無い。

それなのに、そうする人が居ない。
居るとしても、私は聞いた事がない。
だから、日本人の反原発は 嘘か口先だけだと思う。
あるいは、他力本願で無関係の人に期待しているだけだ。

国会議員に期待しないでください。彼等には何の権限もありません
都心部でのデモも、原発所在地でのデモも無力です。
本気で原発を止めたいなら、皆で手分けして原発所在地へ入植してください。
そして、原発を止める権限と任務を持った所在地の議員を当選させてください。
原発所在地で反原発の議員を誕生させる事が出来た時、可能性が生まれます。
地元議員の中で反原発議員の数が過半数を超えたら、原発停止も廃炉も実現します。
 
                    此処には参加して ↑ いないけれど、面白いです。
投票してみよう⇒ 今日の内閣の支持率: http://www.jra.net/ank/online/naikaku.php
投票してみよう⇒ 安倍内閣の支持率: https://blog.with2.net/vote/?m=v&id=123524
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なぜ? 2003年に原発の安全装置の削除を次々と決めたのか? ▼安全 vs 自爆▼


大切なことは繰り返し 声を上げてください
とても 大切なことだから
 
↑カレイドスコープさまより一部抜粋↓画像拝借(礼)
 
なぜ、父・純一郎は、2003年に原発の安全装置の削除を次々と決めたのか

進次郎の父・純一郎は、小泉政権の恥部を世間に漏れないように、安倍晋三という適度に使えるバカを後継指名して隠遁生活に入ったかに見えます。彼が墓場に持っていく前に、彼の抱えている多くの秘密を聞き出すことができるのは進次郎以外にないでしょう。

その秘密の一つは、
元民主党議員の原口一博が指摘した「安全装置」の撤去。もう一つは、元共産党議員の吉井英勝氏が国会で追及した。香川県多度津に310億円かけて作った大型振動台の撤去問題です。

この二つの安全対策取り外すことなく当初のとおり実施していれば、少なくとも福島第一原発人災事故は ここまでの過酷事故に至らなかったことは確実です。

福島の放射能被災者のいくらかの人たちは、この小泉政権時代に行われた安全対策と逆行する“自爆対策”不可解に思っているのです。

【原口前総務相】福島第一原発の安全装置は小泉政権が撤去していた

 
この動画の中で、原口一博氏は、福島第一原発の安全装置の撤去に関しては、すべて事実を述べています。
この内容は公文書などで確認できました。

初めて原口一博氏が、福島第一原発の安全装置の撤去について言い出したとき、「自民党の小泉政権時代に安全装置を取り外したというのは原口のデマ」である、と言い出して必死に自民党の愚行を否定していたブロガーたちがいます。彼らの言うことこそ、大嘘でした。小泉純一郎を擁護する得体の知れない連中は今でもいます

このおかしなブロガーの書いていることがデタラメであることは、この動画や政府が出している公式文書を読めばすぐに分かることです。

原口一博氏が引用している、福島第一原発3号機の冷却システムを設計した元国立佐賀大学学長の上原春男氏の証言は、こちらの記事で扱っています。

また、原口氏の指摘する「安全装置の一部の撤去」については、原子力安全委員会の速記録に明記されています。
(下の公式文書の抜粋部分)
 

第10回原子力安全委員会速記録(2003年2月17日定例会議記録)
(原子力規制委員会のホームページより)
(上から四分の一のところ)

申請年月日につきましては、昨年(2002年)の7月5日に申請があったわけでございます。それから、変更項目につきましては2点ございます。

2号につきまして、冷却材 再循環ポンプの電源装置を、従来機械式でございましたMGセットから、電子装置を用いました静止形に変更するというものが第1点でございまして、もう1点 は、2から6号共通でございますが、残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能を削除するものでございます。

この工事につきましては、一昨年、中部電力の浜岡1号で 余熱除去系の蒸気凝縮系配管が破断するというトラブルがございまして、この対策工事でございます。

既に浜岡1号、東海第二、女川発電所で、それぞれ許可を 受けまして、工事を行っております。

2ページに参りまして、工期につきましては、4ページに一覧で載せてございますが、各プラントの定期検査等に合わせまして工事を行うということでございまして、最も完成がおくれるものとしては4号、5号が平成17年工事を終わるという予定でございます。

変更の工事に要します資金につきましては、2号の電源装置の取替えに2つセットがございまして、両方合わせまして約15億円ということでございます。

それから、蒸気凝縮機能の削除につきましては、5プラント分合わせまして、約10億円ということを考えてございます。資金は自己資金等で調達する予定でござ います。
 
誤解が生じないように少し補足すると、一般に原子炉が冷却できなくなった事態に対処するための「安全装置」と言っているのは、

・「非常用復水器」(非常用炉心冷却装置ECCS)、
・「蒸気タービン駆動の非常用炉心冷却装置」(隔離時冷却系)、
・「蒸気凝縮系機能冷却システム」


の3つの装置のことです。

福島第一原発では、3つの安全装置のうち、1号機は「非常用復水器」のみが取り付けられており、他の2つの安全装置は設置されていませんでした

2~6号機については、当初は3つとも装備されていましたが、勝俣恒久が東電社長に就任して間もない2003年に、小泉内閣の決定によって 「蒸気凝縮系機能」 が、わざわざ10億円をかけて外されたのです。

それだけでなく、
浜岡1号、東海第二、女川発電所でも、同様に残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能が取り外されているのです。

わざわざ取り外す必要などまったくないのに、10億円以上もかけて撤去している不可解。自民党は、民主党時代の追及に対して、 ちょっとでも説明しようという気配さえありません。

もう一つは、香川県多度津に310億円かけて造った大型振動台「多度津工学試験所」の撤去問題です。

これは、今でも大いなる謎を含んでいる問題です。

多度津工学試験所は、当時で310億円の巨費をかけて1982年に完成した世界最大の大型振動台で、日本の原子炉で実際に使われている原子炉圧力容器などの原発用機器を発振台の上に載せて、地震と同じ震動を人工的に起こして耐震性テストする研究施設
 

(財)原子力発電技術機構 多度津工学試験所。今は存在しない。

耐震性試験は、実際に原子炉で使用されている原発用機器を大型震動台の上に載せて行なうことを前提としていましたが、ビルの高さほどある原子炉格納容器や、冷却システムなどは実機を模擬したものを造って行っていました。(写真下)

 

 
その他の原子炉関係の試験内容は、多度津工学試験所の歴史と役割(pdfファイル)をご覧ください。

実機と同じものを、わざわざ造って試験していたのですから、これほど確かなこともないはずなのですが、これも、小泉純一郎が「必要ない」と言い出して、結局解体させられ、同試験所の建物・敷地ごと、たった2億7700万円で今治造船に引き渡されたのです。

京都大学で原子力工学を学んだ吉井英勝氏は、以前から、圧力容器中の炉心隔壁が中性子を浴びて脆化することを懸念しており多度津工学試験所解体の話が取り沙汰されるようになってから国会内でこの問題について取り上げ、質問状を提出

当時の総理大臣であった小泉純一郎は、吉井英勝氏の質問に対して、「非常事態においても、原子炉を冷却できる対策が講じられている」との官僚の作文で返したのです。

しかし、3.11の東日本大震災の地震によって、それが結果として嘘であったことが証明されたわけです。
「非常事態においては、原子炉を冷却できる対策が講じられていなかった」が事実なのです。

これを多度津工学試験所解体を強行した政治家、電力会社、官僚は、「想定外」の一言で片付けてしまったのです

この事実を後になって知った多くの国民は、「多度津工学試験所で耐震性の実験をしていれば、震度6強の地震日本の原子炉が耐えられないことを知らせることができたはずだ」と主張します。

果たして、そうでしょうか?

耐震性試験を繰り返していけば、日本のどの原発も震度6強の地震で破壊されてしまう、という現実を突きつけられ、それを国民に隠しておくことは不可能だろうという心配から、多度津工学試験所の解体を決定したというのが真相ではないかと誰でも考えるでしょう。

小泉内閣によって多度津工学試験所の解体が決定されたのは2003年10月。同じく、福島第一原発、浜岡1号、東海第二、女川発電所における残留熱除去系の蒸気凝縮系の機能を削除する工事を行なわれていたのが2003年このように2003年に矢継ぎ早に決められた日本の原子炉の安全対策の削除。

原子力ムラの人々は、きっと小躍りして喜んだことでしょう。

実機による試験をする研究施設がなくなった以上、耐震信頼性のコンピュータ・シミュレーションを行う際に使用するプログラムのパラメータをいじくれば、どんな原子炉でも 「安全性は確保されている」 という答えを出してくれるのですから。


転載元: 模型飛機

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